日本車メーカーを政党に例えるなら、トヨタは「自民党」という事になるでしょう。
年金問題、格差社会、地方の切捨て、政治と金、大臣の不祥事。
突っ込み所満載の自民党。自民党にとってアゲインストのこの状況においては、野党が躍進するのは当たり前です。それでもあえて自民党に投票する人とは、極めて保守的な層と利益誘導型政治の恩恵を受ける人達という事になるでしょう。
多くの人は、自民党のデザインに不満を持っています。だから、代わりの野党に一票を投じたいと考えます。その際に民主党という選択は、非常に分かり易いオプション。
しかし、政党と自動車メーカーが違うのは、日本車メーカーにおける明確な「民主党」が存在しない事です。我々は、自民党の代わりのどこかの党に一票を投じる心の準備は出来ているのです。自民党も脇を開けてくれています。しかし、肝心の野党に国政を担う意志がないのです。
日産に、国民の不満を感じ取るセンスがあるでしょうか?
ホンダが、政治生命を賭けてデザインを行っているでしょうか?
昭和なセンスの三菱のテレビCMは、一体何でしょう。
彼らはどこまで買わせないつもりなのでしょうか。どこまで国民を裏切り続ければ気が済むのでしょう。この不毛な我慢比べは、一体いつまで続くのでしょうか。
我々は、ごく普通に経費をごまかさず、不祥事を起こさず、常識的なセンスで発言する大臣を求めているのです。トッツアン坊やじゃお話になりません。見ているこちらの方が恥ずかしくなります。少なくとも、まともなデザインであって欲しいのです。
ただ本音を言えば、ウルトラC的な画期的デザインも提案して欲しいと考えています。増税するどころか減税を行い、教育問題も福祉問題も経済問題も同時に解決してくれるような革命的パッケージング。それは、あながち実現不可能な空理空論ではないでしょう。そのためには、まず天下り問題と不正問題を解決し、お金が回る仕組みを作り上げることが必要となります。増税という禁断のオプションに手をつける前に、テストしてみる価値のある案は色々考えられるはずです。まだ誰も解明し得ていないマクロ経済という難敵を相手にするのですから、法律を作って一か八かの大勝負に打って出る前に、小規模のテストを何度も試みてみれば良いのです。
そして「国家的詐欺」である、年金問題も早期に解決する事が求められます。詐欺的怠慢デザインがまかり通る時代は、もう終わりました。日本車メーカーは、この時代の空気を感じ取り、国民の怒りの声を真摯に受け止める必要があるのです。
販売台数の結果が芳しくないという事は、国民からNOを突きつけられているという事です。国民の審判が下った結果であるのです。であるならば、原因を外的要因に求めるのはもう止めて、消費者に受け入れられるデザインに改善していく事が求められます。国民の消費マインドを冷えさせるデザインにさよならを言い、けじめをつける時がやって来たのです。
そういう意味で、ここ1〜2年の新車の動向には注目しています。
それでも従来通りであり続ける日本車メーカーがあったとしたら、国内販売は大分苦戦することでしょう。消費者の自動車に対するデザイン的不満と、その要求するデザインレベルは、年々高まってきています。
良いデザインの車が良く売れ、そうでない車は売れない。
そんな世の中であってこそ、健全な社会だと言えるはずです。
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2007.07.29 | 日本車 |
トラックバック(0) | コメント(15) |
はじめまして
質問がございます。
貴方にとって「デザイン」とはどう定義されますか?
また「良いデザイン」とは何だとお考えでしょうか?
>良いデザインの車が良く売れ、そうでない車は売れない。
>そんな世の中であってこそ、健全な社会だと言えるはずです。
難しい問題だと思います。
例えば、貴方が褒めている三菱iですが、グッドデザインの大賞を受賞しながらジリ貧の販売台数です。売れないのは悲しいですね。なぜでしょう?ちなみに、私にとっては i のデザインは良いものではないです。自動車を選択する際の基準から離れているからです。豆をモチーフにされても困ります。私の欲しいのは車です。i はユニークかもしれませんが、本当に良いデザインなんですかね?ミッドシップレイアウトで安全などとも言っていますが、見た目からくる不安感(特に後ろ姿は転げそう)は安全に思えないです。私の良い車観から相当外れています。ユニークな形のために犠牲になっている荷室の狭さなど、これでも良いデザインでしょうか?私の生活にも合いませんので、購入には至らないです。ユニークな形=良いデザイン=購買意欲とはならないです。良いデザインと言われないワゴンRやフィットなど、しっかり使う人の事を考えている車は形は地味ですが良いデザインだと思います。そして、それらはしっかり売れています。どう思われますか?
2007.09.14 23:01 URL | good D #QuqsrdsY [ 編集 ]
私が「良いデザイン」として定義しているものは、複数の要素からなります。
それを構成する要素の一つとしては、まず造り手の「マインド」が挙げられます。
本当の意味で消費者に喜ばれる車とは何かを造り手が追求し探求し、それを機能美やパッケージングをも含めたデザインで表現した車こそが素晴らしい。そのように私は考えます。
その意味でワゴンRは、熟成を重ねる事で、軽自動車の枠組み内で考えうる最高度のパフォーマンスを発揮するように研究しつくされた車であり、その事が消費者にも高く評価されてきた車だと言えるでしょう。
それに対して三菱iのパッケージングは、一般の軽自動車ユーザーが求めるニーズとは、外れる部分もあったのかもしれません。ただ、その辺りは、三菱も最初から予想はしていた部分ではありましょうし、普通の軽自動車を、マイナスイメージを引きずる三菱が作ったところで、売れない事は分かっていたのです。ワゴンRが売れているからといって、ワゴンRのパクリのような車を持ってきて、「三菱は変わりました」なんて言ったとしたら、多くの人は、三菱自動車に対しガッカリし、愛想を尽かしていた事でしょう。
ただ、ワゴンRは、使い手にとっては最高に素晴らしい車かもしれませんが、他人にとって、目を楽しませてくれるタイプの車であるとは言えない事もまた事実でありましょう。友人がワゴンRに乗っていたとして、「是非乗せてよ」と瞳をランランと輝かせる人は皆無なのです。
ところが、三菱iであるならば、私は「運転させてよ」と言ってしまいます。スタイリングと駆動レイアウトが私を惹き付け、運転体験をしてみたくなるからです。そんな風に思わせてくれる車が世の中にたくさんあれば、この車社会はもっと素晴らしくなると、私は考えます。
ただ実を言うと、iのデザインは私の趣向からは外れています。路線が「可愛いすぎ」るのです。そして、似合う、似合わないの問題が出てくるタイプの車であるとも思っています。
しかし、これまでの日本車とは一線を画するデザインであるところは、十分評価できるし、三菱iの事を強烈に気に入る人がいたとしたら、その感性も理解できます。いずれにしても、iのデザインを気に入るかどうかは好みの問題であり、iのデザインは、その好みの問題で語られて良い基準ラインを十分にクリアしていると私は考えます。
その意味でiは、三菱自動車の復活を消費者に印象付ける良き旗印であったのであり、現状の販売状況がどうであれ、三菱の企業イメージの向上には、十分貢献したと言えるのではないでしょうか。
そして、今後の電気自動車への展開にも活かしやすいパッケージングである事も考えると、三菱自動車にとってiのデザインは、正しい選択であったと私は考えます。
2007.09.23 22:29 URL | 武車小路 #BLgVsHQY [ 編集 ]
>多くの人は、自民党のデザインに不満を持っています。
多くの人は不満などもっていないと思うね。
アナタは我慢しているかもしれないが、普通の人はそうじゃない。 トヨタが売れるのは、脅かすデザインが無いからではなく、それが最も望まれているから。
2007.09.24 17:26 URL | abcd #GpKNFZ9I [ 編集 ]
返答ありがとうございます。
>販売台数の結果が芳しくないという事は、国民からNOを突きつけられているという事です。国民の審判が下った結果であるのです。であるならば、原因を外的要因に求めるのはもう止めて、消費者に受け入れられるデザインに改善していく事が求められます。国民の消費マインドを冷えさせるデザインにさよならを言い、けじめをつける時がやって来たのです。
↑と言いながら、事実売れていない三菱iのデザインは国民からNOを突きつけられ、けじめをつけなければいけないデザインではなく、評価すべきデザインというなのですか?言っている事が矛盾してませんか?
貴方の言う、良いデザインの構成要素の一つ、造り手の「マインド」はどのようにはかるのでしょうか?
それは、車の形に現れているものなのでしょうか?それとも、貴方の感覚的主観ではかられるものでしょうか?疑問といたしましては、自民党的デザインであるカローラ(貴方はポリシーのない人が乗る〜のようなことを書いていらっしゃいました)は造り手の「マインド」は皆無である。と言えるのでしょうか?
カローラをデザインすること。もし、私にこのような仕事がまわってきたとしたら。。。その巨大市場を(確実に)継続すべきデザインの責任の重さ、、どれだけのプレッシャーを感じるのか、想像するだけでぞっとします。そして、世に出したときには、きっとポリシーの無い〜と言われてしまうのですよね。カローラの造り手はテキトーにデザインをしているのですかね?
また、車の形(ここでの話題は軽自動車ですが)他人にとって目を楽しませるタイプの車。とは?
自分の車を自慢したいということでしょうか?このモノあまりの世の中、ガラクタやゴミから、超高級なモノまで雑多に同居する日本という国では、もはや何もかもがノイズになっている気がするのです。実際、アメリカやヨーロッパで輝いて見える車が日本では格好よく見えない経験が多くあります。
私の車は他人の目を楽しませる!などと思えるのは、どうなんでしょう?
それから、ミッドシップレイアウトというのはそれほど価値があるものなのですか?スーパーカーみたいな響きはありますね。電気自動車にするにはミッドシップが良いのでしょうか?
2007.09.27 01:05 URL | good D #aAPbQRNw [ 編集 ]
アップルは、iPodクラシックの1/3の価格でしかないiPod shuffleに対し、デザイン的差別を行っているでしょうか?
エルメスは、100万円のケリーには100万円分のデザインで、10万円のエールラインにはその1/10のデザインしか与えていないでしょうか?
欧州車メーカーは、「安いエントリーモデルはダサダサのデザインが適当だ」と考えているでしょうか?
本来、商品の価格差は、ブランドやスペック、機能、装備、素材などの違いにより生まれるものです。そして、商品をより良いものにしよう、多く買ってもらおう、消費者に喜んでもらおうと、純粋なる気持ちから出発するのが、本来のデザインです。ヒエラルキーの構築にデザインを用い、安い商品は安いデザインとする考え方は、日本車メーカー的にはお約束かもしれませんが、他の業界では、そういう例はあまり思い浮かびません。
カローラのデザインコンセプトは何か?それは、「世の中に、デザインというものが存在することを見込み顧客に気づかせない事」です。彼らは、デザイン的に精一杯の努力をしない事が、商売を成功させる秘訣だと考えているのです。その考えは、勿論エクステリアにも現れます。
だから彼らは、「この車は、自分がデザインしたんだ」と、友人に胸を張って言う事はできないでしょう。彼らには、罪の意識があるのです。仮に言ったとしても、そこで拍手喝采が沸き起こり、友人から握手攻めが起きる状況は、私には考えられません。
「最高のものが出来た」とデザイナーが叫び、社内が歓声に包まれる。そんな状況が、カローラのデザインワークで想像がつきますか?
ありえない話です。
精一杯の努力をしても永遠に限界域に到達しないのがデザインであるのに、彼らは最初から最高を目指す事を放棄しているのです。
これが私が、「マインド」の問題だと言っていることです。
私は、こういうやり方は好きになれません。自分自身を欺くのは、もう辞めて欲しいのです。でも、世界的に成功しているトヨタは、そのやり方を続けるでしょう。成功しているやり方を継続する意味において、その事は、まあまあ妥当性があります。
しかし、その他の日本車メーカーは、これまで通りのやり方をしていてもトヨタを追撃する事はできないのです。であるのならば、それ以外の道を模索する事は、価値のある選択となるはずです。エントリーモデルであっても精一杯の情熱を注ぎ込み、素晴らしいデザインを与える。これは、メーカー、ブランドに対するファンの獲得にもつながります。
良いデザインを目指した車と、頭を押さえつけられた状態でデザインされた車。
街で見かけた時、清々しい気分になるのは、勿論前者です。
2007.09.30 22:23 URL | 武車小路 #ZFGQGZqI [ 編集 ]
私の質問に対しての答えがほとんど無いのですが。
貴方の返答にコメントさせていただきます。
>アップルは、iPodクラシックの1/3の価格でしかないiPod shuffleに対し、デザイン的差別を行っているでしょうか?
デザイン(スタイリング)アイコン=シンプルな四角に丸というモチーフは共通かもしれませんが、価格差の3倍以上違う商品デザインになっていると思いますが。
見た目だけでも、知らない人が見ればクラッシックは小型のハイテク機器、シャッフルはただの文具に見えるくらい違いがありますよ。メモリだって価格3倍に対してなんと80倍!です。クラシックは相変わらず職人の手仕上げピカピカの裏蓋もついてます。はっきり言えばシャッフルは割高の商品デザインです。
ただし、使い方や用途が違うので、それぞれ魅力ある商品だと思われます。
>エルメスは、100万円のケリーには100万円分のデザインで、10万円のエリーラインにはその1/10のデザインしか与えていないでしょうか?
ブランドバッグの事は良くわかりませんが、価格差分の違いがあるからお客は納得するのではないですか?
もし、100万のバッグと10万のバッグが同じ程度のデザインで、金を取っているなら詐欺だと思いますが。そんなことが起こっているのですか?
それとデザインを量で言われても意味がわかりません。「1/10のデザイン」が理解不可能です。大きさ?デザイン作業にかける工数?素材や製法のコスト?ですか?
>欧州車メーカーは、「安いエントリーモデルはダサダサのデザインが適当だ」と考えているでしょうか?
欧州メーカーの安いエントリーモデルとは、具体的に何を差しますか?例えばメルセデスAクラスは他のメルセデスと同じ顔をしてるじゃないか!というレベルの話ですか?
そもそも、日本メーカーはエントリーモデルはダサダサのデザインが適当だ。という開発をしているのですか?(前回もそこを問いました)
貴方が日本車ダサいと勝手に思っている分にはなにも問題ないです。欧州車買って優越感に浸っていれば問題解決ですよね?
>本来、商品の価格差は、ブランドやスペック、機能、装備、素材などの違いにより生まれるものです。
>そして、商品をより良いものにしよう、多く買ってもらおう、消費者に喜んでもらおうと、純粋なる気持ちから出発するのが、本来のデザインです。
全く同感です。
>ヒエラルキーの構築にデザインを用い、安い商品は安いデザインとする考え方は、日本車メーカー的にはお約束かもしれませんが、他の業界では、そういう例はあまり思い浮かびません。
意味不明です。ヒエラルキー構築を主眼に置いたデザインをしているのは欧州車メーカーですよね。
上に書いたように、iPODにも差があります。商品ラインナップを上下に広げればヒエラルキーは生まれます。
そのコントロールをデザイン上でも行うというのはあるのかもしれません。でも、安い方を下げる。というのは、対他競争で負けてしまう危険がありませんか。
それではズバリ、
貴方の言うカローラの意識的に行った「安いデザイン」の部分を具体的に、解りやすく教えてください。
>カローラのデザインコンセプトは何か?それは、「世の中に、デザインというものが存在することを見込み顧客に気づかせない事」です。彼らは、デザイン的に精一杯の努力をしない事が、商売を成功させる秘訣だと考えているのです。その考えは、勿論エクステリアにも現れます。
私はデザインというものが存在しなければ、カローラという商品自体が存在しえないと考えますが。
それとも、デザイン=スタイルで語ってませんか?デザインを努力しないとは、見た目(スタイリング)を気にしないという意味で。でしょうか?
>だから彼らは、「この車は、自分がデザインしたんだ」と、友人に胸を張って言う事はできないでしょう。彼らには、罪の意識があるのです。仮に言ったとして
も、そこで拍手喝采が沸き起こり、友人から握手攻めが起きる状況は、私には考えられません。
私が担当デザイナーなら胸を張って実績を主張できます。友人からの拍手喝采や握手攻めがあれば良いデザインですか?お客様に向けてデザインするのでしたよね?
>「最高のものが出来た」とデザイナーが叫び、社内が歓声に包まれる。そんな状況が、カローラのデザインワークで想像がつきますか?
>ありえない話です。
ありえないでしょうね。
「あぁ、もう俺って最高だぁ、あぁもうスゲぇもんつくっちまったぁ、がまんできない、あぁ、もうだめ、あぁ、もうでちゃう〜!で、でる〜!!ウッっ!!!(そして歓声)」みたいな感じですか?マンガみたいなシーンですね。
後に世間から良いと評価されたモノですら、世に出す前はそれに関わった誰もが、不安で仕方なかった。という感じではないでしょうか?
>精一杯の努力をしても永遠に限界域に到達しないのがデザインであるのに、彼らは最初から最高を目指す事を放棄しているのです。これが私が、「マインド」の問題だと言っていることです。
だからさぁ、貴方が「放棄」した現場をみていたのですか?それとも、貴方自身が「放棄」したのですか?
想像だけで判断してませんかね?私はこれを偏見と呼びますが。
>私は、こういうやり方は好きになれません。自分自身を欺くのは、もう辞めて欲しいのです。
デザイナーはもっと素直に自分勝手にやっちまいな!ってことですか?そういう方々なら、デザイン学校に大勢いますよ。
>でも、世界的に成功しているトヨタは、そのやり方を続けるでしょう。成功しているやり方を継続する意味において、その事は、まあまあ妥当性があります。
最終局面で肯定ですか。トヨタは’まぁまぁ’評価。
>しかし、その他の日本車メーカーは、これまで通りのやり方をしていてもトヨタを追撃する事はできないのです。であるのならば、それ以外の道を模索する事は、価値のある選択となるはずです。エントリーモデルであっても精一杯の情熱を注ぎ込み、素晴らしいデザインを与える。これは、メーカー、ブランドに対するファンの獲得にもつながります。
そうでしょう?それで各メーカー必死じゃないですか。それでグチャグチャでわけわかんなくなってる。
皆、良かれと思ってやった結果が、貴方の言う「マインド」のないデザインで埋もれた日本ですよ。
>良いデザインを目指した車と、頭を押さえつけられた状態でデザインされた車。街で見かけた時、清々しい気分になるのは、勿論前者です。
頭を押さえつける諸上の事情。まぁ、キビシイ法規やらコストやら現実の生産条件やら、会社の状況、お客様の望み、etc.いろいろありそうですが、こういうのを一切取っ払ってデザインしている車(や商品)は無いですよね。
頭を押さえつけられた状態で、なんとか良い物をつくってやろう。というのが現実なんだと思いますが。
2007.10.02 00:33 URL | good D #aAPbQRNw [ 編集 ]
コメントが反映されるまでが長すぎ。
いっそ承認制止めたら?
2007.10.02 20:10 URL | abcd #GpKNFZ9I [ 編集 ]
ここで言う「デザイン」を、「見てくれ」の問題に絞りたいと思います。
この問題を、生産者側の視点や立場から考えると、話は見えなくなります。また、あなたが現在の日本車の「ミテクレ」を良いと思っている。あるいは、一般消費者は「ミテクレ」なんて大して気にしない。だから、日本車のデザインは変わる必要がない。そう考えるのであれば、話は平行線となります。
一言で云うと、iPodクラシックもiPod shuffleも良いデザインなのです。
100万円のケリーも、10万円のエールラインも、良いデザインなのです。
エールラインというのは、あれですよ。グレーの布製のエルメス。
彼らは、価格差が何倍であったとしても、その商品の「見てくれ」を最高のものにしようと思って努力しています。安いiPod shuffleが売れすぎると、iPodクラシックの売上げを食ってしまうことになるから、ちょっとダサいデザインにしておこうなんてケチな事は、これっぽっちも考えないわけです。結果的にiPod shuffleのデザインが、iPodクラシックのカッコ良さを上回る事があったとしても良いのです。そうなっても儲かる仕組みを作り出しているからです。だから消費者は、純粋に機能と性能、そして財布の都合で、両者を選択する事ができるのです。
ところが日本車の場合は、上級車のデザインを下級車が上回ってはならないという厳格な「きまり」があります。最上級車が100点だとした時、下位の車に行くに従って、その点数はどんどん下がります。エントリー車は30点の「ミテクレ」です。だから私は、不満を持ちます。そしてそんな制約があるから、デザイナーも気持ちよく仕事をする事ができないのです。
接待ゴルフで、意図的にパターを外すなんて話を聞いた事があります。私はそういう考えは好きになれません。もっと純粋にゴルフを楽しみたい。もっと純粋に「良いデザイン」の車を造って欲しい。人生を楽しみたい。そう思うのは、一消費者として至極当然の事でしょう?
この問題は、欧州車メーカーと比べればハッキリします。欧州車の場合は、最上級車の「見てくれ」を100点とした時、エントリーモデルでも70点、80点のパフォーマンスを示しているはずです。
これを私の偏見だ、単なる主観だと言うのなら、レクサスのセダンとカローラを比べてみれば良いのです。レクサス・セダンの「ミテクレ」を100点とした時、カローラのデザインは30点前後のスコアとなるはずです。レクサスのデザインを良いと思う感性を有する人にとって、カローラのデザインが70点のスコアをつける事はありえません。この事は、トヨタも否定する事はできないでしょう。何故なら、そういう意図でつくっているからです。
でも両者は、ブランドが違う?これがビジネスだ?
であったとしても、やり過ぎなのです。
これこそが、私が「意図的ダサデザイン」と呼ぶ「悪」の正体です。
だから私は、抗議します。消費者が消費者の利益を守るために声をあげる。当然のことでしょう?
だって数十年前は、カローラも良いデザインだったんですよ。
2007.10.08 01:26 URL | 武車小路 #zC47j8oc [ 編集 ]
カキコが反映されるのに一週間もかかるのねえ。
この長さは珍しい。
国内で車が売れないのは、果たしてデザインのせいかな。
別にそうは思えない。
そもそも車が売れていない、という気もしない。
普通乗用車の売れ行きなんかここ10年ほどあまり変わらないはず。
軽自動車はバンバン売れてるね。
なんか大昔の夢を追い過ぎ。
これから先の世の中で車の売れ行きが下がっても、極めて自然だと思う。
少子化で若者が減る、経済的不安、趣味の多様化、理由なんかいくらでもあるよ。
はっきりいって、みんな車なんかに興味無くなってるんだから。
車を持つ事に対して趣味性やステイタス要素は希薄になり、単なる道具感覚。
ステアリングを握ってのドライブは快楽ではなく労働。
欲しいものが他にいっぱいあるのに、車を3年や4年ごとに買い換えるなんてアホらしくてやってられない。
買い換え需要が低下して一台の車を長く乗るようになる社会のほうが、よほど健全に思える。
「国民の怒りの声」なんて、どこにも存在しない。
そんなものの発生源となる熱が枯れてる。
ブログ主みたいな人は普通の人から見ればマニア、もしくはオタク。
そんな感覚を消費者代表として語っても仕方ないよ。
とびきりのデザインを生んで無関心を突破できればいいけどね。
2007.10.08 01:51 URL | abcd #GpKNFZ9I [ 編集 ]
すみません、私のコメントを良く読んでください。
そして回答してください。
全く答えになっていないと思うのですが。
一般人向けである日本経済新聞の日曜版で、小型のセダン特集がありましたが、カローラはスタイリッシュな小型セダンとして紹介されてました。アピール度も5段階で4です。ちなみにホンダのアコードは3でした。
a b c dさん
今、日本の車の買い替えサイクルは11年だそうです。
最近の車は本当に壊れなくなってますよね。それと、軽やコンパクトですら使っていて不満が出てこない。20年前の車って、安い車は4人乗ったら坂道登れなくなったり、2〜3年で明らかにガタがきたりしましたよね?
自分はここの管理人さんのいうほど、消費者を馬鹿にした車造りがあるとは思えないと、主張しているのですが。第三者的にみて、私のコメントはおかしいですか?
iPODシャッフルとクラシック(今だったらタッチかな)の差とレクサスとカローラの差。
価格差比較なら、自分は後者の方が差が少ないと思うのですが。変?
2007.10.08 21:50 URL | good D #E02eKJwg [ 編集 ]
>この問題は、欧州車メーカーと比べればハッキリします。欧州車の場合は、最上級車の「見てくれ」を100点とした時、エントリーモデルでも70点、80点のパフォーマンスを示しているはずです。
>これを私の偏見だ、単なる主観だと言うのなら、レクサスのセダンとカローラを比べてみれば良いのです。レクサス・セダンの「ミテクレ」を100点とした時、カローラのデザインは30点前後のスコアとなるはずです。レクサスのデザインを良いと思う感性を有する人にとって、カローラのデザインが70点のスコアをつける事はありえません。この事は、トヨタも否定する事はできないでしょう。何故なら、そういう意図でつくっているからです。
非常にわかりにくいところの一つですが、大切なポイントと思われますので、比較コーナーを設けて欧州ブランドのエントリーが80点とれて、国産エントリーが30点になるのか解説を強くお願い致します。
2007.10.08 22:09 URL | good D #aAPbQRNw [ 編集 ]
この掲示板は、コメントの反映が遅すぎないですかね?
いよいよ
「デザイン」=「見てくれ」に絞る
というレベルまで落ちてしまいましたね。
「マインド」や「駆動形式まで含まれます」などどこに行ってしまったのでしょうか?
御自身の書いたこのBLOGを最初から読み直して、今一度「デザイン」とは何か?を整理してから語るべきではないでしょうか?
いろいろと批判するのは簡単ですが、このサイトの目的はもっと崇高なレベル(日本の美意識の対外競争力や美しい環境を守る)なのですよね?
2007.10.13 01:05 URL | good D #aAPbQRNw [ 編集 ]
>>一般人向けである日本経済新聞の日曜版で、小型のセダン特集がありましたが、カローラはスタイリッシュな小型セダンとして紹介されてました。アピール度も5段階で4です。ちなみにホンダのアコードは3でした。
日経は、何故そういう紹介記事を書いたのですか?
どういうところが、「スタイリッシュ」なのですか?
「美」の領域は、主観に頼る部分も多いので、自分以外の人がどう思うかについても知りたいと思っています。だからこのサイトでは、投票フォームを設けています。
「カローラを素晴らしい」と思う、その感性の内訳を教えて下さい。
ひょっとしたら、私の考え方に重大な誤りがあるかもしれないからです。
2007.10.13 23:27 URL | 武車小路 #pNMnwEIQ [ 編集 ]
日経の記事に食いつくとは。
書かなければ良かった。
記事でなぜそう言われているかは知りません。記者に問い合わせでもしてください。それだけ高く評価する人もいますよってことです。
そして、自分はカローラのスタイリングは素晴らしい!とは思っていません。でも、貴方には反論いたします。
少なくとも、景観を壊す様なレベルだとは思わないからです(ある意味、日本の景色の中では、欧州車の方が押し付けがましく攻撃的、他人にとっては迷惑という見方だってできます)
貴方は、このブログを始めたキッカケが海外でカローラを見て、これはまずい!醜い日本車が世界中で走るなんて、日本のレベルが下がってしまう!、というような事だったと書いてますよね。
そんなの中学生が、一生懸命働く自分の親父に対して、格好悪い職業だから恥ずかしい。と言っているのに近くないですか?
あまりに、自分勝手な狭い解釈だと思いますが。
感性の内訳???
それがわからないから、貴方にずっと問いかけてます。
欧州車(あるいはレクサス)100点として、カローラ30点なのでしょう?
マークXの批評(読んでいない方は、ぜひ見てください)でも、トヨタ全社員で点数つけ、必死に点数を上げるように努力すれば、コストも限りなくゼロで、デザインが良くなると提言してましたよね?
いったい、その点数は何によって上がったり下がったりするのか不明なのですが。
でも、貴方はしっかりと点数を付けてました。カローラに30点(−70点)がどこなのか教えてくださいよ。
貴方がデザイン(みてくれだけでも)を判断するときのモノサシが何か?ということですよ。
それでないと、貴方が主張する「もっとデザインが良くなるべき!」がわからないままです。
2007.10.14 17:49 URL | good D #aAPbQRNw [ 編集 ]
>>2007.10.08 01:26 URL | 武車小路
>100万円のケリーも、10万円のエールラインも、良いデザインなのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このような「エルメス」ブランド内の中の上下を語るなら、同じ「レクサス」の中の、LSとGSとかで比べないと意味無いと思うけど。
どうして「レクサス」と「カローラ」と比べるかね。
どうせならクラウンとカローラと比べたらどうか。
クラウンとカローラなら、デザイン部分の思想で立っている地盤は変わらないと思うわ。
>日本車の場合は、上級車のデザインを下級車が上回ってはならないという厳格な「きまり」があります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このような掟は業界の人から聞いたのかな? それともブログ主の解析?
トヨタ・ヴィッツは下級車?だけど、デビューした当時デザインの注力度でレクサスに負けてないと思ったよ。
上級か下級か、では無く、その車のキャラに関係してると思うけど。
カローラは言ってみれば地味スーツ着たサラリーマンでしょ。個性あるデザイン演出は困るんじゃないかな。
2007.10.14 22:02 URL | abcd #GpKNFZ9I [ 編集 ]
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