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カローラらしくないカローラ

  • 「カローラらしくないカローラ」をテーマに、「Relax in Style」をコンセプトとし、かっこいいスタイルとゆったりくつろげる空間を併せ持つクルマを目指して開発された[Auto One]
  • サミット対策か首相公用車がエコ・カーに
  • 首相公用車にはこれまで、トヨタ自動車の高級セダン「センチュリー」2台を使用。うち1台を同社のハイブリッド車の「レクサス」に更新(2008年6月16日)[日刊スポーツ]
  • 首相が、また変わりました。

    先進国において、これほど短期間に首相が変わってしまう国は、他にはありません。どうして、日本の総理は、毎回、毎回こうなってしまうのでしょうか?

    福田さんだって、本来は優秀な人であったはずなのです。安倍さんだって、総理になる前は、筋を通すタイプの人であったはずなのです。なのに、二人とも、最後は、あんな風になってしまいました。

    何故そうなってしまうのか?なぜ彼らは、筋の通らない行動をしてしまうのか?何故、最高にやりがいのある職務を、すぐ放り投げてしまうのか?

    彼らをあんな風に変えてしまう、何か特別な理由が存在するのではないだろうか。総理官邸には、魔物が潜んでいるのではないだろうか。

    私は急遽、自動車メーカーのショールームへと向いました。

    この謎をひも解くヒントが、そこにあるに違いない。直感的に、そう感じたからです。

    目的地に到着すると、階段を二段飛ばしで駆け上がりました。そして、目的階にいたお姉さんの腕を掴むと、こう言いました。

    「今すぐ、後部座席のドアを開けて下さい」

    お姉さんは、初めその意味が理解できないようでした。しかし、私のただならない様子に恐れをなしたのでしょう。言う通りに従ってくれました。

    私は、後部座席のシートに身を任せました。お姉さんは、私の安全を確認すると、静かにドアを閉めました。

    「バフッ」

    ドアを閉めた際に生じる乾いた衝撃音が、車内で僅かにこだましました。その余韻が収まった後に訪れるしばしの静寂のなかで、辺りの景色を見回してみました。その時私は、言葉を失ったのです。

    「やっぱり、そうだったのか・・・」

    福田総理は、「他人事発言」が有名でした。安倍総理も、世の中の事をまるで知らないかのような、お坊ちゃま発言が目立ちました。そんな発言をしてしまえば、国民の反感を買う事は明らかなのに、何故そんな風に言ってしまうのか?なぜ、口を滑らせてしまうのか?多くの人にとって、それが謎だったに違いありません。

    しかし、その答えは、センチュリーの後部座席に座ってみれば分かるのです。

    それは、贅沢だとか贅沢でないとか、そういう類の事ではありません。良いとか悪いとか、そういう事でもありません。平成から昭和レトロを遥かに通り越え、大正モダニズムにまでさかのぼった異次元の世界が、そこには広がっているのです。我々が生きる世界とは、別次元の世界がそこには存在するのです。

    センチュリーを通して見える景色は、いつもの東京のそれとは違うのです。都会の喧騒の中においても、空の色はより青く鮮明に見え、道路の両脇に育つ街路樹の緑はより一層深く、神々しくさえもあるのです。いつもはヒール役にまわされ、忌み嫌われるカラスでさえも、そのたくましい筋肉質な肉体がまばゆく思え、頭脳の聡明さが強調されて見えるのです。そして彼らが、何不自由のない幸せな生活を送っているように思えてくるのです。

    そこには、心地よい平和な桃源郷があるのです。彼らは、懐古主義の幻想の中に逃避していたのです。そして、華族にでもなったつもりで、のぼせあがっていたに違いないのです。

    こんなパラレル・ワールドの中に住んでいたのでは、「国民目線」になど、なれるはずがありません。今に生きてこそ、他人との距離感を縮める事が可能となるのです。現代的センスがなければ、他人のセンスを感じ取る事はできないのです。

    だから、これからも、同じ間違いは繰り返されるのです。歴代総理がセンチュリーを公用車とする限り、そうなってしまう事は必然なのです。

    絶望感が、私を襲いました。この国に、明るい展望は描けない。

    しかし、悲観的になってばかりはいられないのです。折角ショールームに来たのだから、他の車にも乗ってみるか。私は、頭の回路を切り替える事にしました。

    そういえば、bBの内装ってどんな感じだっけ?

    bBの運転席に、私は乗り込みました。

    この時実は、少しばかりの衝撃を受けたのです。

    あれっ、結構いけるじゃん。意外と、まともじゃん。主張しすぎないこの感じ。意外と現代的じゃん。品のない外装とは違って、内装はキチンとデザインされているじゃん。

    でも、ひょっとして、センチュリーに乗った後遺症が、まだ残っているのか?

    私はbBから降りました。しかし、次の瞬間、信じられないような事実と対面する事となったのです。

    その車は、bBではなかったのです。カローラ・ルミオンだったのです。

    そんなはずがない。カローラ・ルミオンのセンスに、私が満足するはずなどない。これは絶対におかしい。きっと何かの間違いだ。私の頭は、混乱しました。

    そこで、今度は本物のbBに乗ってみる事にしました。bBの内装は、カローラルミオンよりカッコいいだろう。断然イケテルだろう。なぜなら、相手は所詮カローラなのだから。

    カローラルミオンしかしbBに乗って両者を比べてみても、カローラ・ルミオンの内装の方が、良かったのです。bBのそれよりも優れていたのです。その事実は変わりませんでした。

    その後、他の車にも乗ってみました。クラウンにも乗ってみました。ランクルにも乗ってみました。しかし、カローラルミオンを超える車は、ついに一台も現れなかったのです。

    絶望感が、再び私を襲いました。疲れた身体を引きずるようにして、ショールームを後にしました。

    家に帰った時、時刻は既に午前0時を回っていました。眠たい目をこすりながら、PCを立ち上げ、インターネットでカローラルミオンの情報を探してみる事にしました。

    あった、あった、これか。なになに。カローラルミオン 。カローラルミオンは、日本のカローラとは全く関係ない車。アメリカの2代目サイオンxBを、日本向けにアレンジし直して、カローラの名前を付けただけの車である。以上。

    サイオンxBやり場のない怒りが、腹の底からマグマのように、こみあげて来ました。頭髪の毛根にまで、血流が行き渡る感覚を感じました。

    私は、また、トヨタに騙されたのです。

    トヨタは、なぜ消費者を騙そうとするのでしょう。どうして、カローラではない車に、「カローラ」の名前をつけようとするのでしょうか。

    これは、マークXジオに、マークXの冠を付けた構図と一緒です。RAV4ロングを、高級車バンガードと言い張るのと一緒です。大臣が、汚染米を安全だと言い切るのと一緒です。

    サイオンxBの存在意義は、トヨタ的ネガティブ要素、すなわち、「平凡、退屈、無感動」を否定する事で成り立っているのです。そこにこそ、サイオンxBの良さがあるのです。だからサイオンxBは、従来のトヨタのセンスが受け入れられない若者にも、受け入れられる可能性がある車なのです。

    それを、ローカライズの名の下、トヨタ的オヤジ・センスによってサイオンxBのデザインが捻じ曲げられてしまう時、サイオンxBの生命線は絶たれてしまうのです。

    サイオンxBをこのようなデザインに変更して、カローラ・ルミオンとして売り出してしまう人々のセンスが、私には理解できません。カローラ・ルミオンのデザインを許容できる消費者の感性が、私には信じられません。どんな人がカローラルミオンに乗るのでしょう。何故、カローラルミオンである必要があるのでしょうか。カローラルミオンから降りてくる時、彼らはどんな表情を浮かべるのでしょう。

    サイオンxBは、日本でもそのままのデザインで、サイオンxBとして販売すれば良かったのです。であるならば、サイオンxBの存在意義は、確かに存在したのです。かような「デコ・パッチン車」に成り下がる事はなかったのです。

    折角、良いデザインの車を造ろうとしても、あらゆる理由をつけて、デザインを捻じ曲げられてしまう。デザインを破壊されてしまう。類まれなる才能を持っていても、鋼のような意志を持っていようとも、巨大組織の圧力の前に、個は屈せざるを得ない。

    官僚組織は、あらゆる改革を妨害するのです。いかなる法案をも、骨抜きにしてしまうのです。そこには、消費者が不在なのです。やっている事が、全く無意味なのです。ここに、苦悩の中に生きる人々の「無念」を感じざるを得ません。




    死後硬直した巨大組織において、

    前時代的な感覚によって行われる、

    自己保身のための官僚的妨害工作。






    これこそが、組織に潜む魔物の正体です。




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    自動車・評判・批評・評価テーマ:トヨタ(TOYOTA) - ジャンル:車・バイク
    2008.09.28 | トヨタ | トラックバック(0) | コメント(15) |

    カローラの販売台数稼ぎとしか思えないです。スズキの[ワゴンRワイド]のようにトヨタ[bBワイド]でもいいのではないかと思ってしまいます。勿論サイオンxBのままでも。。。

    2008.09.29 12:21 URL | H #- [ 編集 ]

    汚染米を食用米として流通させることが、「戦略」だと言えるでしょうか?

    むろん、違います。それは、「不正」でしかない。

    「改善」を旗印にする大企業が、大手を振って「不正」を行っている様には、嫌悪感を抱かざるを得ません。

    そんな事を行っていては、国内マーケットでのトヨタの企業イメージは、向上しない。消費者の信頼は得られない。F1を富士で開催することが、空しくも思えてきます。

    だからこそ、そういう事を行うのは良くないのではないかという声が、内側から自然に上がってこなければならない。自動車の販売台数の統計を行う側も、不正行為を排除する方向で動かなければならない。


    しかし、それぞれの組織には、それぞれの魔物が潜みます。だから、不正行為を正す事は困難を極めます。



    それでも、その困難には、立ち向かうべきです。同時に、賢明でなくてはならない。

    そして、決して放り投げてはならない。


    その過程で、我々は多くを学んでいくのです。





    そのなかで切磋琢磨した人々が、やがて真のリーダーとなるのです。

    2008.10.01 00:56 URL | 武車小路 #oVyMzGRA [ 編集 ]

    確かにセンチュリーに乗るとまるで大正にタイムスリップしたかの様な感覚になるでしょう。そして英国誌のロールスロイスファントムの記事にはこう書いてありました。「まるで1920、30年代の豪華列車の様だ」。一応言っときますが、俺はセンチュリーやロールスロイスを批判するつもりは全く無く、これからも存在し続けて欲しいと思います。

    2008.10.04 02:33 URL | keso #- [ 編集 ]

    私個人の意見としては、
    古くてダッサイセンチュリーとはいいかげんお別れしてほしいです。
    国民を代表する者は現代に相応する車に乗っていただきたいですね。

    イギリスはレンジローバーやロールスロイス。ドイツはSクラスがあって、
    どれも初代からのアイデンティティーを残しつつ進化しています。

    センチュリーも変わるべきだと思いますね。

    2008.10.06 21:22 URL | T #- [ 編集 ]

    センチュリーのデザインは、悪くはないが、良いわけでもない。

    多くの人が、そう思っているのではないでしょうか。

    これは、大正モダニズムの頃に建てられた立派な建築物を見た際に、我々が思い抱く感想に近いのかもしれません。

    高級だが、ダサいスーツとサダいシャツを身にまとい、七三分けをしている、口の臭そうな永田町の議員。前時代的な感覚にしがみつくことでしかアイデンティティを保てない、えらそうなオッサン。そういう人々を連想する事によって、哀れみと軽蔑の感情が、同時に交錯しているのかもしれません。

    結局、センチュリーには皇族が乗る。総理が乗る。議員が乗る。社長も乗る。それらを想定した時、センチュリーのコンセプトはぼやけ、デザインに切れがなくなってしまうのです。

    だから、センチュリーは、皇族専用車として割り切るのが良いのです。

    では、どのようなデザイなら、皆納得するのか?




    それには、「御所の貴婦人」



    このコンセプトしかありませんね。




    格調高く、威厳があり、伝統美がある。しかし、決して威圧的ではない。それどころか、そこはかとなくエレガンスが漂う。うるわしい。その事を表現するのに最適なボディ・カラーは、黒ではありません。グレーでは、まだ足りない。


    「白」です。


    でも、センチュリーは、高位の人が乗っていることが推し量れるが、誰が乗るセンチュリーなのかが一見してわからないところが良いのだ?センチュリーは、黒子に徹しているところが良いのだ?

    そう思う皇族の方は、今すぐ皇族を辞めて下さい。

    そして、カローラにでも乗ってください。

    皇族が車から降りてきた時、その存在が引き立てられ、かつ尊敬と羨望の眼差しが向けられるような車。これこそが、最高のセンチュリーです。

    そんなセンチュリーが登場した時、海外メディアから「時代遅れの遺物」となじられることは、もうなくなるでしょう。

    そして、世間の皇室に対するイメージが向上し、センチュリーの人気に火がつきます。

    世の中の社長さんは皆、センチュリーを羨望するようになります。やがてセンチュリーは、海外からも引き合いの絶えない車となっていきます。




    実の所、トヨタに対する消費者のイメージは、日本と海外では随分違うように、私は感じているのです。


    なぜ、そういう現象が起きるのか?

    日本と外国では、何が、違うのか?





    それは、




    センチュリーが存在するか否かです。

    2008.10.07 23:17 URL | 武車小路 #h7e4xwH6 [ 編集 ]

    センチュリーのコンセプトがぼやけている?

    センチュリーって初代登場からメカニズム以外は殆ど変化なしの筈です。それでぼやけろという方が無理があると思います。

    センチュリーには皇室、そして様々な日本の金持ちVIP富豪、さらに成れの果てが叩き売り中古車となると金持ちですらない人間が乗っていたりもします。暴力団幹部だって乗っています。カースタントで炎上し廃車となった事もあります。

    しかし、その「程度」でぼやけていたらロールスロイスだってぼやけいる筈です。

    それでもなおロールスロイスもセンチュリーもぼやけていないと俺は思うのです。

    センチュリーロイヤルが発表された時、2chで「なぜセンチュリーとデザインの差別化をしない」「五千万は安過ぎる一台3億でも良い」と言う声がありました。

    そういえばセンチュリーって黒ばっかりですねえ。白は2回しか見た事無いです。

    2008.10.10 12:58 URL | keso #- [ 編集 ]

    「センチュリーのコンセプトはぼやけ、デザインに切れがなくなってしまう」

    確かにこの表現は、誤解を招きやすい不適切な表現だったかもしれません。

    センチュリーのデザイン・コンセプトは、終始一貫、ぶれていません。そして、「ユーザー満足」という視点から考えても、センチュリーは、変わる必要はないのかもしれません。

    しかし、この問題は、単に供給者とユーザーが満足していれば、それで済まされる問題ではないと思っています。

    センチュリーはトヨタ・ブランドの象徴です。そして、センチュリーの姿は、国際映像を通して全世界に配信されます。

    その時、日本の政治家の姿に、そしてセンチュリーに、前時代の残党の、カブトガニの姿をだぶらせて見るのは、私だけではないはずです。

    「懐古主義」が悪いというわけではありません。

    先進的デザインであれ、と主張するつもりもありません。


    しかし、何かが不足しているのです。

    何かが、決定的に足りないのです。


    その感覚は、現在のトヨタ・デザインを見たときに感じる印象にも通じるのです。


    そして、この不満足の感覚こそが、トヨタが主張するデザインと、消費者が求める理想像との間で生まれる、解消すべきギャップなのです。

    2008.10.16 22:54 URL | 武車小路 #ddeadnac [ 編集 ]

    >トヨタが主張するデザインと、消費者が求める理想像との間で生まれる、解消すべきギャップ

    新聞などのアンケートによると日本の消費者は自動車デザインを重視しているようです。それでもトヨタ車がライバルとの戦いに勝利している(レガシィなど未だにトヨタが潰せていない車種もあるが)。ということはトヨタユーザーはデザインに意外(?)と不満を持っていないのでは。

    >センチュリーはトヨタ・ブランドの象徴

    本当にそうですか?ヴィッツにセンチュリーの面影は全く見えません。

    2008.10.18 01:11 URL | keso #- [ 編集 ]

    不満ではなくて、それはただ単に車に興味がないだけだと思います。だからトヨタがいくら酷いデザインをしたってどうでもいいんでしょうね。

    だからブランド志向の日本人はまず外車を考えます。ベンツ・BMWはちょっと高すぎる。だからVWやプジョー・ボルボにするんです…あっちでは大衆車なのに。
    ほかはトヨタにいきます。トヨタを買えば間違いないという考え。私から言わせてもらえば、勘違い。トヨタは先進の安全性と性能はなかなかですけど。
    デザインよりブランド優先。
    単純な話だと思いますけど。

    2008.10.20 00:02 URL | T #- [ 編集 ]

    ただの着せ替え車が大量に売れる日本なのに日本人がデザインに興味が無いってことはありえないと思いますが。

    ヴォクシーのカッコがいくら酷くてもいっぱい売れるという事はヴォクシーのカッコに共感する人がいっぱいいるという事。

    日本人の○○なら間違いない病はワゴンRとかレガシィにも当てはまると思います。

    2008.10.20 21:05 URL | keso #- [ 編集 ]

    結婚前の男女にアンケートをとったとします。

    彼らは答えるでしょう。

    「異性の外観には、こだわります」

    しかし、現実に美男美女を射止められる人は、極少数です。


    結婚後の男女に、アンケートを取ったとします。

    彼らは、「今のパートナーに満足している」と、答えるでしょう。その選択に間違いがあったとは考えたくないからです。選択の間違いを認めることは、自己否定につながるからです。

    ここで、もう一回り大きい世界に目を向けてみましょう。

    結婚を強力にすすめる会社があって、その取り巻き達が太鼓持ちをしています。そして、この状況を冷ややかに見ている人がいます。

    彼らは、この状況を「あほらしい」と考えます。こんな価値観には付き合えないと考えます。




    結婚しない人達です。

    2008.10.20 22:14 URL | 武車小路 #XPmyGavo [ 編集 ]

    http://review.kakaku.com/review/evaluateranking/CategoryCD=7010/RankingSpanCD=3/

    ↑一部で叩かれまくってる車でも満足度が高いみたいです。アホな商品で大満足する人々は結構多いのかもしれません。

    2008.10.21 00:04 URL | keso #- [ 編集 ]

    私個人はセンチュリーのデザインは結構好きですね。
    欧米の資本主義とはまた違った社会主義的な日本社会の産物かもしれませんね。
    センチュリーがもし武車小路さんの言う「御所の貴婦人」のようなデザインだったら、武車小路さんが言うような「羨望」どころか乗れない社長さんが大勢出るでしょうね

    天皇の御所がベルサイユ宮殿でデザインされるような滑稽な風景に映るような気がします。


    このように武車小路さんがいうような

    >トヨタが主張するデザインと、消費者が求める理想像との間で生まれる、解消すべきギャップなのです。


    そんなギャップなどありません。

    もともと一般消費者のために作られた車じゃないですよ、センチュリーは。
    その点ではトヨタと消費者との意識は見事に一致しています。
    実際、公用車として事実上の標準車となっていますから。

    2009.01.29 20:46 URL | abcd #GpKNFZ9I [ 編集 ]

    虫の幼虫は、地味で目立たない格好をしています。

    それは、目的を達成させるために理に適ったデザインだと言えるでしょう。だから、そのデザインは完璧です。

    しかし、国民は、幼虫を見たとき、ある種の「物足りなさ」を感じます。「気味が悪い」とも言います。実はその「物足りない」、「気味が悪い」という感想は、「蝶」との比較から導かれるものなのです。

    すなわち、「皇族」が乗る自動車は、単に自動車の形をしていればそれで良いのではありません。停滞感が漂う今の時代であるからこそ、国民に明るい希望を与えるものでなければならないのです。シンプルで無難に済ませれば良いのではなく、「蝶」のような「華やかさ」のあるデザインでなければならないのです。

    だから、日産GT-Rと交換すれば良いのです。

    日産GT-Rこそが、センチュリーのような目立たないデザインが相応しいのです。GT-Rは、実用性を兼ね備えた車だから、見た目は普通の格好をしている方が良いのです。しかし実は、すさまじいまでのパフォーマンスを持っています。だからそこで、「静寂」と「躍動」のコントラストが生まれます。

    一方、御所車は、意識的に「派手さ」を演出するくらいが丁度良いのです。

    一般参賀で皇室の方々が「笑顔」を浮かべ、国民に手を振り続ける、あの「積極的な姿勢」こそが求められるのです。

    2009.02.01 02:27 URL | 武車小路 #3evgQoj. [ 編集 ]

    >しかし、国民は、幼虫を見たとき、ある種の「物足りなさ」を感じます。「気味が悪い」とも言います。実はその「物足りない」、「気味が悪い」という感想は、「蝶」との比較から導かれるものなのです。


    車とは全然関係無い話としか思えないのですが、おつきあいします。
    幼虫の類が与える不快さは、親の形と特に関係ありませんよ。
    何の幼虫か生物の知識を持たない人でも不快な人は不快なのですよ。
    どちらかというとそれは見た目の印象からくる生理的なものであり、蝶だろうがコガネムシだろうが関係無いです。

    親が美しい蝶だということで幼虫の不快さが軽減されることはあっても、蝶との比較で逆に不快になるんでしょうか。

    私にはさっぱり想像できない感覚ですね。




    >日産GT-Rこそが、センチュリーのような目立たないデザインが相応しいのです。GT-Rは、実用性を兼ね備えた車だから、見た目は普通の格好をしている方が良いのです。


    それは昔のスカイライン時代の話でしょう?
    年収5000万円以上をオーナーの理想対象としメーカーを背負うフラッグシップメントとしてのブランド化を図った現在のGTーRとは無縁の話です。
    単に「目立たないデザイン」で羊の皮をかぶった狼をやっていたのではお話になりませんよ。


    「実用性」ならポルシェの基本にもある要素ですが、ポルシェデザインが目立たないことを目指しているのですか?




    >一方、御所車は、意識的に「派手さ」を演出するくらいが丁度良いのです。


    天皇ご自身が派手なことを嫌って普通のセンチュリーを多用し、国民感情の多くも控えめな皇室像を望んでいることで現状はほぼ一致していることと思われます。

    2009.02.01 06:27 URL | abcd #GpKNFZ9I [ 編集 ]












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