プレサージュ

「日産 プレサージュ」 の 3つのアピールポイント

  • 2003年6月に2代目として誕生した日産プレサージュは室内の広さやミニバンとしての数々の機能的な装備など、大変ご好評を頂いてまいりました。3年目を迎えるにあたり、より存在感と輝きを持つミニバンに進化させるべくマイナーチェンジを実施いたしました。(2006年8月6日 クルマのツボ)
  • NISSAN PRESAGE

  • かつて、日産は、クルマの作りはいいのにデザインが格好よくなくて売れなかったが、デザインに力を入れだしたら、作りが悪くなったというのが、率直な感想だ。簡単に言えば、見掛け倒しなのである。 (YOMIURI ONLINE)
  • 私は、ニ階の自分の部屋にランドセルを置きに行くと、すぐさま階段を駆け下り、居間に向かいました。するとそこには、父親と一緒に、私の知らない綺麗な女の人が座っていました。

    「今日からお前の母さんになる人だ。よろしくな」

    父はそう言いました。

    「よろしくお願いします」

    その女の人は、やさしそうな笑顔で、丁寧にそう言いました。

    その時、私の中で何かの糸が切れたのです。

    「母さん」

    私はそう叫び、その人の胸の中に飛び込んでいきました。私は、大声をあげて泣きました。抑え切れない感情が溢れ出ました。

    母さんは、私を強く抱きしめました。


    むむむ?

    何かおかしいですよね。

    普通は、こうはならないですよね。

    何か、プロセスが欠けてしまっています。

    最近の日産のデザインは、まさにこういう感じです。

    ムラーノの顔が「いけている」となれば、プレサージュに移植。フーガ顔が良いと思えば、スカイラインに持ってくる。

    「今日から母さんは新しい人に代わったから」と、いきなり言われても、簡単に「はい、そうですか」とは、承服できかねます。

    私は、マーケティングのフィードバックから車をデザインする事や、日産顔とでもいうべきアイデンティティを確立しようという試みを、否定するつもりではありません。しかしそれらは、もっと深い所から行うべきです。BMW的金太郎飴や、メルセデスのベンツ顔とは、本質的に違っているのです。いきあたりばったりの単なる「思いつき」では、説得力に欠けてしまいます。

    そのあたりの事は、消費者もしっかりと見ている事でしょう。

    哲学のないデザイン。理念のないデザイン。後付けのデザイン。

    それは自らが、薄っぺらい存在である事を、宣言しているようなものなのです。

    日産プレサージュだから何か、信用がおけない。嘘っぽい。イミテーションのように感じる。そうなると販促は、テレビ広告等のイメージ戦略に頼らざるをえなくなります。イミテーションを売るのに適した環境は、暗闇です。演出は過剰となります。結果、お客さんにショールームまで足を運ばせる事ができたとしても、そこで現実とのギャップにとまどう事となるのです。

    SHIFT_philosophy

    日産は、これをもう一度見つめ直す必要があるのではないでしょうか。良いデザインは、りかちゃん人形のようにパーツを付け替える事では生まれません。むしろ根本部分では、そのような最新設備は排した方が良いでしょう。そして、もっと深い所から日産の魅力を、日産の美学で表現する事が必要です。そのようにして出来た車は、内側からブリリアントな輝きを放つ事でしょう。そういう車こそが、消費者が日産に求める車、日産から買いたい車です。


    このまま行くと父さんは、いつか母さんを捨てるでしょう。

    無情にも、

    数年で。

    前の母さんの時と同じように。

    僕の気持ちも知らないで・・・。


    初めからそこには、愛など存在しなかったのです。


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    2006.11.30 | 日産 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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